Web学会で考えた企画の種

今日は一日Web学会。朝から夕方までだったので、頭が痛くなった。第1回目なので、いつもだとこの手のイベントはスルーするのだけど、おもしろそうなので、人を見つける意味でも参加した。

第1回ウェブ学会シンポジウム
http://web-gakkai.org/index.html

Ustは、ここ。
http://www.ustream.tv/channel/sorates

Twitterのみでの質疑応答、Ustでダダ漏れなど、今時なシンポジウムだった。
ウェブ学会なので、参加者も講演者も違和感なく受け入れられていたのが印象的。

あずまんのルソー化も、濱野氏の初音ミクも、ネタ的にたのしく聞いた。
個人的には、東大の豊田正史氏のウェブマイニングの可視化がいちばんおもしろかった。Googleなどとは違う切り口で見える。氏の先端研・生産研オープンキャンパスは、毎年5月末にあるらしい
それにしても、Webの学会がなかったほうが不思議だ。最近まで、Webについての論文も、公式には認められていなかったみだいだし。

講演中もいわれてたけど、学会で一企業が、自分たちのビジネスを説明するのは、難しい。Twitterは一企業のビジネスを超えている感はあるが、商業ベース、営利を目的としたビジネスを行っている企業のサービスは、学会という場での講演は微妙になる。

で、あまり興味がない講演中は、企画について考えていた。
自分の企画の種の作り方は大きく分けて、5パターンくらいある。

1)自分の興味があるものを調べて作る
2)友人、知人と話をして思いつく
3)書店で棚や平台を見て思いつく
4)講演などを聞いて思いつく
5)RSSなどを流し読みして思いつく

だいたいこれくらいに集約されそう。
今日は、4のパターン。

ただ、種がいちばん散らばっているのが、2の場合。とくにあまり関係性が深くない人と話をしたり聞いたりしていると、ふわっと、企画が思いつく。言葉にすると曖昧だ。その場で、こんな感じ、あんな感じと話をしながらまとめることもあるが、たいていはログが残っていない。メモをとらないと覚えていない企画は、成立しないと考えてる。これは人それぞれだと思うけど。

この中でいちばん非効率なものは、5の場合。そもそも、自分の興味があるRSSを読んでいるので、すでに1で行っているので、新たな発見が思ったよりも少ない。書籍の企画をネットから探すほど、非効率なものはないと思ってる。もちろん、企画の落とし込み、書類にするときは、ネットをバシバシ使うのだけど。

みんな企画を作るときは、どうやって作っているのが多いのかな。

Twitterは、ゆるい話が多いので、企画の種を見つけるのに適しているのかもしれない。まだ、TwitterのTLから企画を思いついたことはないのだけれど。
講演を聞きながら、こんなことをぼーっと考えていた。今日はiPhoneしか持っていかなかっったので、比較的ちゃんと聞いて、疲れた。

未来を感じる CEREVO CAM

予約がはじまったと、さっき仲里くんから聞いた CEREVO CAM。すっかり忘れてたが、でもさで見たことを思い出した。デジカメWatchに出てた記事からあんまり形が変わってないみたい。

20091119223610

サイズはケータイと同じくらい。これだったら、パシャパシャ撮っちゃうと思うので、すぐに電池切れしそう。レンズは開放F3.2だとしたら、絵的にはそこそこ満足できるのかな。スピードの速いカードを使えば、書き込み速度が遅いといわれているEye-Fiカードよりは使えるはず。ちょっと残念なのは、乾電池が使えないことかな。イーモバとのUSB接続があるみたいだけど、iPhone 使うようになってから、イーモバ契約を解除したしな・・・

などなど、瞬間的に物欲アップがしたけど、今の自分は、 iPhone での撮影が同じ役割を果たしているか。それに、最近コンデジを持ち歩かなくなった。この1年で、だいぶ自分のガジェットも、ガジェット欲も整理したし。

未来的なガジェットであることは間違いないので、冷静になっても、まだちょっと欲しい。
デジタル一眼に、このシステム組み込まれたら、絶対買ってしまうだろうな。そのうちきっとなるだろうな。

当たり前だけど大事なこと

売れる企画を考え、売れる商品を作り、売れるように施策を考え、それを実行する。当たり前だけど、やっぱり大事。忘れないようにうちに感じたことをメモ。

「それって売れるの?売れるために何するの?」

この質問に即答できないと、その企画は×なのではないかと、昨日の会議に出ていて改めて感じる。この企画はこんなところがいいとか、このネタはいけます、といわれても、上記に即答できないかぎり、その企画に疑問を持ってしまう。それでも進める。なんでだろ。

原資があって書籍ができるのは、誰でも知っている。でも、現実問題として、お金の出入を体感していないと、どこからお金が出ているのか、わかんなくなるんだろうなと思う。これは、自分自身が、出版社→制作会社→出版社というルートをたどったから、余計にわかるようになった、きっと。よい経験をさせてもらった。ちょっと違う角度、視点を持てて感謝。経験しないとわかんない、気がつかない、自分が悪い。いつものことだけど。

みんな素直に、真摯に取り組んでいるのは、よくわかる。ただ、本の編集というちょっとけったいな職業なのか、全員ではないけど、ちょっと上から目線の人が多い人が多いのかも。普通に商売しようとしないのかな。こねくり回してもいいことない。

外部の人と話していても、普通に考えて、そんな商売していたら、食ってけないよねぇと思うことが多い。スピードもゆったりしているし。余裕があっていいんだけど。

まだ、お尻あたりがなんだかむずかゆい。自分がおかしいのかと思ってしまう。でも、この感じ、忘れないようにしないと。書いていて思ったけど、Twitterに書くような文章だな。まあいいや、自分メモだし。

Windows 7 をはじめて使う

なぜ購入したか、今となっては思い出すことができない Acer REVO。土曜日に、Windows 7 のアップグレードがディスクが来ていたので、昨日インストールしてみた。Home Editonなので、仕事では使えない。
クリーンインストールがよいと会社の人から聞いていたので、たいしたデータも入れていなかったので、何も考えず、ディスク起動でフォーマットして入れた。時間にして約30分くらいで完了。

インストールはWindows XP や Vista に比べて、とても早い。7の動きも、Atom 230 の CPU なのに、エアロオンの状態でも、思ったより快適だ。ION が利いているみたいだ。

息子がやってきて、最近はまっているらしいアメーバピグをやりにきた。動作確認代わりに使わせ、自分は横で眺めていたが、そこそこサクサク動いていた。時間帯によっては、ピグ自体が重くなってたみたいだけど。
これだけ動くんだったら、仲里くんの忠告どおり、子供マシンにしてもいいかな。

Windows 7 がこれだけ動けば、4万円弱は案外は安かったのかもしれない。
そのうち、きっと使わなくなると思われるが。

サイゾーの Twitter は噂の真相の1行記事になってる説

Twitter の Timeline でこの記事見たときに「うわぁ」と思った。それと同時に、噂の真相の1行記事に似てるなとも感じた。読者の想像をかき立てるという意味で。

「大物アイドル逮捕」情報 マスコミを駆け巡る : J-CASTニュース.

最近サイゾーを買わなくなった。噂の真相を受け継ぐ雑誌として、ブログ の bot じゃない、Twitter での何気ないつぶやきはありなのかもしれない。ネットだから誤報とか謝罪とかしなくちゃいけなくなってるけど、噂の真相だって、1行記事で、大物作家とかが編集部に直接電話かけてきたり、訴えられたりしても、放置してたみたいだし。

雑誌や新聞が終わったという論調が、ネットだけでなく雑誌や新聞紙上でにぎわいを見せているけど、もちょっとネットを上手に使えば、雑誌や新聞も立ち位置が確保できてよいのかも。前向きに。

Bingの英語版がiPhoneに最適化

Wordpress for iPhone version2でのテスト投稿。
画像は貼り付けられるのかも、ついでにテスト。
入力に関しては、普通に快適だ。

ネットとリアルの温度差

10月から出版社に復帰した。関係各所には、まだきちんと挨拶をしていない。
それは、年末くらいまでにかけて、機会があれば挨拶しなければいけない。

それはそうと、出版社に戻っての楽しみは、いろいろな書籍の売り上げデータが見られること。
6年ほど前に出版社にいたときは、自分がかかわった書籍の売れゆき全部、ほかの人やほかの出版社のデータはある程度の売れ数を知ることができた。この状況は、いまも変わっていなかった。

肝心の中身を見てみて、出版社の現況を知ることができた。確かに右肩下がり。斜陽である。
ただ、以前とは違う状況も見られた。それは、Amazon。

この6年で Amazon の売り上げは、日本でいちばん大きな書店チェーンといわれている紀伊國屋書店の売り上げを、軽く抜いていた。すっかり、ネットで買うことが浸透している。POSのデータを見ても、Amazon のシェアが大きくなった。

まだ Amazon の売上が小さかったとき、Amazon で売れる書籍と、紀伊國屋書店で売れる書籍が違うといわれていた。
この状況は、今もそれほど変わっていなかった。そこが、なんとも面白い。

Amazon やネット上でキャンペーンを行っても、紀伊國屋書店では、思ったほど売れない。
でも、紀伊國屋書店の平台をバンバンとっているような書籍は、Amazon でも売れる。

ネットとリアル店舗の違い。
この構図が、それほど変わっていなかったことに、なんだがホッとした。
自分が立てる企画は、いつもこの構図を参考にしていた。それが変わっていなかったことがなんだかうれしくなった。

何がうれしいかと考えると、ネットが、まだまだリアル書店で、本領を発揮していない点。
まだまだ、勝機はあると思う。

テレビなどのマスメディアで取り上げられた書籍やネタ本は、Amazon で上位にくることが多々ある。たとえば、ダイエット本など。おなじように、リアル書店でも、同じように売れる。

一方で、ネットだけ盛り上がっている書籍やネタ本は、Amazon ではそこそこ売れ行き好調だけど、リアル書店ではあまり活発な動きがない。もちろん、全部が全部ではないけど。

ここがいちばん面白い。そして、書籍の企画を考える上で、非常に重要になってくる。

具体的に見ると、Twitter の関連書はいまが勝機と、時を同じくして、各出版社がこぞって出し始めた。これはネットでの盛り上がり、深夜番組などでの取り上げなど、Amazon では、売り行き上位に顔を出したりしている。
もう一方、今や誰もが知っている飽和状態である iPhone の関連書は、リアル店舗でも、ネット書店でも売れている。前にお世話になった、堀さんと佐々木さんの「iPhone 情報整理術」などは、お二人の活動、編集者やデザイナー、版元の営業力もあって、Twitter 関連書の上をいく売れ行きが確認できた。数字は公表できないけど。

ボクは Twitterもやってるし、iPhoneも持っている。ネットで書籍をバンバン買うし、リアル書店でもよく書籍を購入する。職業柄、普通に書籍を購入する読者とは違うけど、この違いを感じて、書籍を作ることは大切だと思って、常に意識している。

ネットとリアルの温度差。

これって、マーケティングをやっている人は、どうやって感じているんだろう。
一方だけを見ていると、きっと片手落ちなんだろうな。

久しぶりに紀伊國屋書店Publineを見て、そんなことを考えた一日。
Kindle 買おうかな。

WIndows Live Writer で エントリテスト

Windows からのエントリを書くには、Wordpressだと、Windows Live Writer を使う方法があることを知る。プラグインもある程度あるので、今後はこれを使おうかな。それほど、使い勝手は悪くない。

Mac では、ecto を使っていたけど、なかなか思ったような動きをしてくれなくて、使わなくなってしまった。

最近、ネットで Widnows ユーザーが Mac に乗り換えるのを見て、その流れの逆か。もともと、Mac ユーザーで、仕事で両刀使いになったが、ここ5年は、ほぼ Mac だけで仕事していた。Windows を使うのは、仕事で必要なときと、Windows しか使えない(Internet Explorerでしか使えないコンテンツなど)サイトやソフト、動作確認が必要なときだけ。

モバイルは、iPhoneで事足りるようになったし、ノートで長文を打つとき以外は、ノートパソコンすら使っていない。これがいちばん大きいかな。

ブログを更新することを考えたら、常に手元にノートパソコンがあるほうが都合がいい。ブログで書きたいことはたくさんあったが、更新も長く行っていなかった。アウトプットは、Twitterでちょこちょこ。でも、大したアウトプットしてない。いろいろ考えをまとめ、自分の中から外に出すには、やっぱりブログが都合がいい。

ブログ更新マシンとして、最適なのはVAIO Xとかがよさげ。持っていて、邪魔にならないPCが欲しくなってきた。

もうちょっと、考えよう。

二元論になりがちな人の気持ち

映画にもなった手塚治虫の「MW」を読んだ。映画の予告とか見て、こんな内容とは知らなかった。DVDになったら見たい。MWもそうだけど、最近自分の中で気になるキーワードとして「二元論」がある。たとえば、

  • 正義か悪か
  • 正しいか間違いか
  • 白か黒か
  • 賛成か反対か
  • 好きか嫌いか
  • YesかNoか
  • 男か女か

などなど。世の中みんな、二元論が好きだナーと、最近特に思う。前はそんなに気にならなかったし、自分でもよく使っていた。二元論は、別に悪くなく、二元論で発言したり、行動したりしてもいいとは思う。

で、二元論はいいのだけど、違っていたら、朝令暮改してもいいんじゃないかと思ってる。麻生首相(2009年7月13日時点)なんか見てると、微笑ましい。むしろ、揺れているのを追求しているマスコミのほうがなんか変である。テレビを見ても、ネットを見ても、いろんな話が二元論になっている。そう感じる。

人間、白黒はっきりしないところで生きているはず(ボクはそう)。もちろん、感覚的な好き嫌いはあるけど、人間は、曖昧模糊としていて、ある時点では、好きでも嫌いになる可能性があるし、嫌いでも好きになる可能性もある。

たとえば、自分は正義だと思っていても、時代が違うと悪になることもある。第二次世界大戦やイラク戦争などの戦争、直近のアメリカでいうと、新自由主義は間違っていたという言説などを見てそうだし。日本でいうと小泉の郵政選挙でもそうだった。郵政民営化に賛成でしたか、反対でしたか?

それで、どうして、二元論になるのか。二元論すると「単に便利」だからである(と思い込んでいる)。発言する人にとっての利害、ポジショントークとも言える。マスが流すニュースをみていると、とりあえず中立性を保とう(ないしは、弱者に見える側に立とう)としているが、それすら、正しいか間違いか、発言者もわかっていっていると思えないことが多々ある。そら、難しいのはわかってますよ〜といってあげたい。たいへんですね!って。

テレビや新聞、もちろんネットでも、誰がか正しいといっていることでも、いずれは間違いになる可能性を、常に考えていないといけない。あとから考えてみれば、当たり前な話だけど、人の気持ちは移ろいやすいもの。気をつけていないと振り回されることになる。また、凝り固まった考え方しかできなくなる可能性もある。学生時代の勉強ではあるまいし、世の中、正解はない。科学ですら、そうだ。歴史は、科学よりも、結構変わっている。

白石一文の「この胸に突き刺さる矢を抜け」と、村上春樹の「1Q84」を続けて読んで、こんなことをぼーっと考えた。読み応えのある2冊(上下巻なので、4冊だけど)。

こんなことばっかり考えてると、何だか、何も考えずに、ぼーっと明日の飯を気にして暮らしているほうが、精神衛生上よろしいかな。ふぅ。

Mini Displayport to HDMI アダプタがやってきた

先週末、以前購入した Mini Displayport to HDMI アダプタがやってきました。

Mini DisplayPort to HDMI Adapter 01

思ったよりはやい到着。でも、到着した日に、秋葉館で同じようなものが発売されていることが判明。形状は少し違う。海外からの発想なので、送料がお高めだった。モノの同じ値段だったので、ちょっと先走った感ありありです。人柱だし、買った後なので、もういいけど。

Mini DisplayPort to HDMI Adapter 02

紛れもなく、HDMI です。袋は光ってます。スペックシートもシール。アメリカンな雑さです。

Mini DisplayPort to HDMI Adapter 03

ちなみに、液晶は、BenQ 液晶モニタ グロッシーブラック E2200HD を購入しました。先週の時点で、新宿のヨドバシで見ましたが、22インチは売り切れ、24インチしか残ってませんでした。どのみち、購入前のチェックでは、Amazon が最安値だった Amazon でポチしました。

さっそくつなげ、HDMI なので音声も拾ってくれるかなーと思っていましたが、液晶のスピーカーからは、音がでませんでした。これは常識? ま、外付けスピーカーしか使わないのでOKです。ポートはこんな感じ。

Mini DisplayPort to HDMI Adapter 05Mini DisplayPort to HDMI Adapter 06

先週の土曜日には、セッティングしました。液晶は、Full HD 1920×1080 なので、ちょー快適。本日リリースされた、Tweetie for Mac を入れてブログを書いていますが、久々の外付けディスプレイ。やっぱり、画面が広いことはいいことです。幸せな気分満喫です。現在の机周りはこんな感じになりました。まだ、液晶の周りについているフィルムは剝がしてしてないです。それはおいおい。

DSC00620

ああ、プチ幸せ。

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