- 2007年5月7日 03:01
- book
深く、感じることがあったので、コピペ。
「サルならわかる経営の真実」
2007.05.01号経営コンサルタント 安田佳生
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「絵になる人生」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━最近、他人の成功が羨ましくなくなってきた。
設立わずか数年で株式公開を果たし、
30代前半にして数百億円の資産を手にする。
有名な女優さんと付き合い、目黒や世田谷の大豪邸で暮らす。
自家用車はベンツのマイバッハで、
行きつけのお店は自らオーナーをしているお洒落なレストラン。
昔はたしかにそんな生活に憧れていた。
だが、42歳になった今、そのような人生を羨ましいと思わなくなった。
もちろん、私自身がそんな生活を手に入れてしまったというわけではない。
ただ単に、そういう人生がかっこいいと感じなくなったのだ。これはいったいどういう心境の変化なのだろう。
自分が手にできないものに対して、妬んでいるだけなのだろうか。
私はポルシェを買うお金もないくせに、
ポルシェの悪口を言うようなダサい人間にはなりたくないので悩んでしまう。私の周りにいる人は、そんな私を評して“小成功病”と呼んだりする。
昔にくらべたら収入も増え、名前も知られるようになったので、
そんな現状に満足しているというのだ。
要するにたいした野心家ではなかったということなのだろう。
まあ、そのような評価を素直に受け止めてもいいのだが、
なんとなく私にはしっくり来ない。確かに私は今までの自分の人生には満足している。
だが、それは社会的・経済的に満たされたからではない。
勉強ができなかったり、女の子に振られたり、営業が出来ずに怒られたり、
そのくせいきなり会社を作ってみたり、
その会社を潰しそうになったりという波乱万丈な自分の人生が好きだからだ。成功したことよりも失敗したことの方が圧倒的に多く、
目の前の困難から逃げ、遠回りばかりしてきた人生である。
だが、私はそんな自分の人生を振り返ってみて、
かっこ良かったとは思わないが“絵になる人生”であったと思う。
素敵なことではないか。成功ばかりしている人生はつまらない。
そんな人生は絵にならない。ドラマにならない。感動を覚えない。
それに比べて失敗ばかりの人生はおもしろい。
嫌われたこと。挫折したこと。失ったこと。逃げたこと。遠回りをしたこと。
それらはすべて映画になるくらい絵になる人生のシーンだ。人生はアートと似ている。
人生もアートも完璧な形はつまらない。
何かが足りない、何かが欠けている、
それがその人の、その作品の魅力なのではないか。自社の面接をしていても、バランスのいい人間に私は魅力を感じない。
何かで挫折した。人を傷つけた。嘘をついた。落ち込んだ。逃げた。迷惑をかけた。
そんな経験がひとつもないような人間と仕事をともにしたいとは思わないのだ。
それなのに、なぜみんな自分が出来たことばかり話したがるのだろうか。
バランスのいい人間であることを強調したがるのだろうか。
企業側がステレオタイプの優等生ばかりを求めてきたことも問題である。
嘘をつかない。他人の悪口を言わない。
サボらない。忘れない。遅れない。誤魔化さない。
こんな人間ばかりで会社を作ったらどうなるのか。
驚異的な業績を上げ続けるのだろうか。
少なくとも私はそんな会社には出社したくない。
そんな絵にならない人生はごめんだ。
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