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書籍企画の作り方

ボクがやっている書籍企画のうち、実用書企画を作る方法を書き出してみる。だいたい、次の3つくらいに集約される。

1)流行っている事象を追っかける
2)売れている書籍の亜流を考える
3)著者の話を聞く

知恵を絞って考えることもあるけど、なんか企画を作ろうと思って調べはじめ、知り得る情報をフラットに第三者的に判断し、一読者として書籍にして読みたいかどうかを判断したほうが、概ね売れる打率が上がる。
自分自身が思い入れがありすぎるものは、あまり売れる商品にはならない。自己反省も含め。編集者は、素直でピュアな心を持ち、さまざまなものに永遠の素人であり続けることが必要だと思っている。

1)流行っている事象を追っかける

基本姿勢として、情報感度をあげておく必要がある。編集者は、流行りものに抵抗がないほうがいい。新しいもの好きであることは、悪いことではない。ただし、時流に流されすぎるのは、あまりよくない。微妙なラインでオタクであることは必要である。
エッジのきいたものだと、書籍のような形態まで手をだす人はあんまりいない。専門書の場合、エッジが立っているもののほうがニーズがある場合も、もちろんある。ロングテール商品になっているものは、このパターンも多い。イノベーター商品を扱った書籍に多くみられる。
流行っている事象が、マーケ用語でいうアーリーアダプタからアーリーマジョリティあたり、キャズムを超えるか超えないあたりが、いちばん書籍にすると売れているように思う。その見極めがきちんとできていれば、それほど大外ししない書籍を生み出すことができる。

2)売れている書籍の亜流を考える

よくあるのが、このパターン。ボクがよくやるのは、まったく違うジャンルで売れているものを、自分のやっているジャンルに持ってくること。最近は、これも飽きてきた。同じジャンルでやると、失敗することも多い。気がついたときには、キャズムを超えていて、あわてて、売れはじめた書籍タイトルに似たものを作る。同じような書籍が店頭に並んでいるなぁと思うのは、大抵3冊くらいだから、その初期の3冊までに入ると、そこそこ売れる書籍が生み出せる。
3冊以上出てくると、書籍を買う人も馬鹿ではないので、内容も見られる。そのときに、必要十分な内容でない限り、売れる書籍を作るのは難しい。だからといって、内容がよければ売れるわけではないのが、このパターンである。
いかに初期の3冊までに入るか、そしてその評判が悪くないものが作れるかが、このパターンのキーになるような気がする。

3)著者の話を聞く

ある事象やムーブメントに敏感な人、一言いわずにはいられない人は、誰でも著者になりうる。そんな人の話は、普通に聞いていても楽しい。ただ話を聞いているだけでも面白いのに、まとまった形でどこにも存在していない。そんな場合は、普通に書籍にする。本当にできるかどうかは、置いておくとして。
最近では、そんな人自身も、ブログをやっていたりして、改めて書籍にしないでも、読み物として世の中に公表されている。じゃ、ブログでいいのでは?いうことになる。ここからが、編集者の腕の見せ所だと思っている(というかそうだと信じている。人によると思うし、自分の職業を肯定しているわけでもないが)。
必要なことは、書き手が伝えたいとどれだけ強く思っているか。書籍はやっぱり著者、コンテンツをもった人が大事。さまざまなものに精通した人というのは、いるにはいるが、何かに特化したものを持っている人のほうが、書籍を書くのに適した人物だと。ライターは別だけど。

編集者は、コンテンツを持った人からたくさん話を聞く。コンテンツを持った人をいかにたくさん見つけるかが、編集者の仕事かと。自分で考えるより、よっぽど売れる企画が作れる。これは経験しないと、なかなかわからない。駆け出し編集者の頃は、自分でバカみたいに一生懸命企画を考えてたけど、著者を先に見つけるほうが、売れる書籍が作れる。これは確実。

また考えよう。

37signalsとREMIXと2012年

もう3月ですよ。早すぎますよ。ぜんぜんブログ書いてなかった。

3月の期末駆け込み入稿に伴ない、ゲラばっかり読んでた。途中Webのリニューアルもした。少しは働いた。

で、久しぶりに小説と新書以外の書籍を購入。ボチボチと読もう。

こちらはまだ読んでないけど、いつもの山形訳なので期待している。フリーのクリス・アンダーソンもいいけど、レッシグのほうが学術的かな。教えてもらって購入。

REMIX ハイブリッド経済で栄える文化と商業のあり方 REMIX ハイブリッド経済で栄える文化と商業のあり方
山形 浩生

翔泳社 2010-02-27
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書店で名前買い。「37シグナルズ」と見え「おぅ?」と思い「ジェイソン・フリード」とあり、「あ、37 signalsかぁ」と気がつく。「37シグナルズ」とカタカナで表記されていることに見慣れておらず、見過ごすところだった。

小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則 (ハヤカワ新書juice) 小さなチーム、大きな仕事―37シグナルズ成功の法則 (ハヤカワ新書juice)
黒沢 健二

早川書房 2010-02-25
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ボクは、37 signalsのサービスが好きだし、会社の形態、あり方が面白いので、これは読まないと、目次をちゃんと見ずに購入。頭から読み始めているがまだ30ページくらいしか読んでない。『「失敗から学ぶこと」は過大評価されている。』『あなたに必要なものを作る』だと。もうワクワクすることいってるやぁんと、顔がほころぶ。万人受けする内容かどうかわかんないけど、ハヤカワ書房はいい仕事しているぜ。

あ、もう1冊、オモシロイよとカナダ人に教えてもらったこれ。「2012年という年はいろいろ変わるだろう」と、10年前に予言していた社長の会社に戻ったこともあるんだけど、ほんと「2012年」には変わることが見えてきたので購入。シスコ・システムズのマネージャーなのに、スピリチュアルなことに興味があるということろに惹かれる。もう少し翻訳がうまかったら、きっと良書だろう。原書では読んでないのでわかんないけど。半分読んだけど、最後まで読むかどうか。

フラクタルタイム―2012年の秘密と新しい時代 フラクタルタイム―2012年の秘密と新しい時代

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ネットとリアルの温度差

10月から出版社に復帰した。関係各所には、まだきちんと挨拶をしていない。
それは、年末くらいまでにかけて、機会があれば挨拶しなければいけない。

それはそうと、出版社に戻っての楽しみは、いろいろな書籍の売り上げデータが見られること。
6年ほど前に出版社にいたときは、自分がかかわった書籍の売れゆき全部、ほかの人やほかの出版社のデータはある程度の売れ数を知ることができた。この状況は、いまも変わっていなかった。

肝心の中身を見てみて、出版社の現況を知ることができた。確かに右肩下がり。斜陽である。
ただ、以前とは違う状況も見られた。それは、Amazon。

この6年で Amazon の売り上げは、日本でいちばん大きな書店チェーンといわれている紀伊國屋書店の売り上げを、軽く抜いていた。すっかり、ネットで買うことが浸透している。POSのデータを見ても、Amazon のシェアが大きくなった。

まだ Amazon の売上が小さかったとき、Amazon で売れる書籍と、紀伊國屋書店で売れる書籍が違うといわれていた。
この状況は、今もそれほど変わっていなかった。そこが、なんとも面白い。

Amazon やネット上でキャンペーンを行っても、紀伊國屋書店では、思ったほど売れない。
でも、紀伊國屋書店の平台をバンバンとっているような書籍は、Amazon でも売れる。

ネットとリアル店舗の違い。
この構図が、それほど変わっていなかったことに、なんだがホッとした。
自分が立てる企画は、いつもこの構図を参考にしていた。それが変わっていなかったことがなんだかうれしくなった。

何がうれしいかと考えると、ネットが、まだまだリアル書店で、本領を発揮していない点。
まだまだ、勝機はあると思う。

テレビなどのマスメディアで取り上げられた書籍やネタ本は、Amazon で上位にくることが多々ある。たとえば、ダイエット本など。おなじように、リアル書店でも、同じように売れる。

一方で、ネットだけ盛り上がっている書籍やネタ本は、Amazon ではそこそこ売れ行き好調だけど、リアル書店ではあまり活発な動きがない。もちろん、全部が全部ではないけど。

ここがいちばん面白い。そして、書籍の企画を考える上で、非常に重要になってくる。

具体的に見ると、Twitter の関連書はいまが勝機と、時を同じくして、各出版社がこぞって出し始めた。これはネットでの盛り上がり、深夜番組などでの取り上げなど、Amazon では、売り行き上位に顔を出したりしている。
もう一方、今や誰もが知っている飽和状態である iPhone の関連書は、リアル店舗でも、ネット書店でも売れている。前にお世話になった、堀さんと佐々木さんの「iPhone 情報整理術」などは、お二人の活動、編集者やデザイナー、版元の営業力もあって、Twitter 関連書の上をいく売れ行きが確認できた。数字は公表できないけど。

ボクは Twitterもやってるし、iPhoneも持っている。ネットで書籍をバンバン買うし、リアル書店でもよく書籍を購入する。職業柄、普通に書籍を購入する読者とは違うけど、この違いを感じて、書籍を作ることは大切だと思って、常に意識している。

ネットとリアルの温度差。

これって、マーケティングをやっている人は、どうやって感じているんだろう。
一方だけを見ていると、きっと片手落ちなんだろうな。

久しぶりに紀伊國屋書店Publineを見て、そんなことを考えた一日。
Kindle 買おうかな。

二元論になりがちな人の気持ち

映画にもなった手塚治虫の「MW」を読んだ。映画の予告とか見て、こんな内容とは知らなかった。DVDになったら見たい。MWもそうだけど、最近自分の中で気になるキーワードとして「二元論」がある。たとえば、

  • 正義か悪か
  • 正しいか間違いか
  • 白か黒か
  • 賛成か反対か
  • 好きか嫌いか
  • YesかNoか
  • 男か女か

などなど。世の中みんな、二元論が好きだナーと、最近特に思う。前はそんなに気にならなかったし、自分でもよく使っていた。二元論は、別に悪くなく、二元論で発言したり、行動したりしてもいいとは思う。

で、二元論はいいのだけど、違っていたら、朝令暮改してもいいんじゃないかと思ってる。麻生首相(2009年7月13日時点)なんか見てると、微笑ましい。むしろ、揺れているのを追求しているマスコミのほうがなんか変である。テレビを見ても、ネットを見ても、いろんな話が二元論になっている。そう感じる。

人間、白黒はっきりしないところで生きているはず(ボクはそう)。もちろん、感覚的な好き嫌いはあるけど、人間は、曖昧模糊としていて、ある時点では、好きでも嫌いになる可能性があるし、嫌いでも好きになる可能性もある。

たとえば、自分は正義だと思っていても、時代が違うと悪になることもある。第二次世界大戦やイラク戦争などの戦争、直近のアメリカでいうと、新自由主義は間違っていたという言説などを見てそうだし。日本でいうと小泉の郵政選挙でもそうだった。郵政民営化に賛成でしたか、反対でしたか?

それで、どうして、二元論になるのか。二元論すると「単に便利」だからである(と思い込んでいる)。発言する人にとっての利害、ポジショントークとも言える。マスが流すニュースをみていると、とりあえず中立性を保とう(ないしは、弱者に見える側に立とう)としているが、それすら、正しいか間違いか、発言者もわかっていっていると思えないことが多々ある。そら、難しいのはわかってますよ〜といってあげたい。たいへんですね!って。

テレビや新聞、もちろんネットでも、誰がか正しいといっていることでも、いずれは間違いになる可能性を、常に考えていないといけない。あとから考えてみれば、当たり前な話だけど、人の気持ちは移ろいやすいもの。気をつけていないと振り回されることになる。また、凝り固まった考え方しかできなくなる可能性もある。学生時代の勉強ではあるまいし、世の中、正解はない。科学ですら、そうだ。歴史は、科学よりも、結構変わっている。

白石一文の「この胸に突き刺さる矢を抜け」と、村上春樹の「1Q84」を続けて読んで、こんなことをぼーっと考えた。読み応えのある2冊(上下巻なので、4冊だけど)。

こんなことばっかり考えてると、何だか、何も考えずに、ぼーっと明日の飯を気にして暮らしているほうが、精神衛生上よろしいかな。ふぅ。

『告白』を読んでみた

湊かなえ『告白』を読んで、最近モヤモヤしていたことが、ちょっとスッキリした。この本、構成がおもしろい。推理小説、エンタテイメントなんで、楽しんで読んだが、考えさせられた。

ほとんど人たちは、他人から賞賛されたいという願望を少なからず持っているのではないでしょうか。しかし、良いことや、立派なことをするのは大変です。では、一番簡単な方法は何か。悪いことをした人を責めればいいのです。それでも、一番最初に糾弾する人、糾弾の先頭に立つ人は相当勇気が必要だと思います。立ち上がるのは、自分だけかもしれないのですから。でも、糾弾した誰かに追随することはとても簡単です。自分の理念なども必要なく、自分も自分も、と言っていればいいのですから。その上、良いことをしながら、日頃のストレスも発散させることができるのですから、この上ない快感を得ることができるのではないでしょうか。そして、一度その快感を覚えると、一つの裁きが終わっても、新しい快感を得がたいがために、次に糾弾する相手を捜すのではないでしょうか。初めは、残虐な悪人を糾弾していても、次第に、糾弾されるべき人を無理矢理作り出そうとするのではないでしょうか。

小説なのに、こんな内容。社会心理学者の言動みたいだけど、登場人物の女の子の言葉として書かれてる。

以前にも増して、ネット上の小さなコミュニティ、たとえば「2ch」、たとえば「はてな」などの一部のブログは、誰かがとった行動や書いたコンテンツに対して、ある人が最初にコメントしたら、そのコメントに追随することで快感を得ているような気がする。とくに、ネガティブなコメントに対して。魔女狩り、他人の不幸は蜜の味的に。

ネットを見るようになってから、ずっと引用のような繰り返しを見る。見なくてもいいのに、見えてしまう。普通の感覚(普通の定義はさておき)があれば、違和感を感じる人は多いと思うけど、ボクも暇に任せてネットをダラ見するるようになって、ここ最近強く違和感を覚えていた。そんな違和感が、この『告白』に載っていた。言葉にすれば、引用したところ。

一部のネットの書き込みに一生懸命な人たちは、新しいモノ/コトを作るでもなく、暇だなと思っていた。無理矢理、糾弾なり攻撃する人を作り出し、それに乗っかっているようにしか見えなかった。一生懸命なことだけはわかるんだけど、なに生産性のないことしてるんだろと。一方で、YouTubeやニコ動、ブログで、自分メディアをコツコツと作っている人は偉いなと。翻って、コメントしている人、見ているボクは、単にこの偉い人たちの流れにタダ乗っかっているだけなんだなぁ、あかんなぁ、こんなことしていたらと考えていたときに、この本を読んで、ますます反省してしまった。

今日香月さんと打ち合わせをしていたとき、たまたま、二人ともカバンに『新世紀メディア論』を入れていた。いまの出版社に未来はないということで、5年前にデジカルを立ち上げたときと、出版社は変わってないねという話になった。著者コバヘン曰くの「取次制度依拠業界」にいる人は、やる気がないのか、やろうとしてもできないのか、わからない。でも、ボクは、ちゃちゃ入れられても、新しいメディアの形を作りたい。そのための、動きもボチボチとやっている。ネットを見ていると、スピードが必要で「先にやられたらどうしよう」と、香月さん曰くのホリエモン病に侵されそう。ま、身の丈にあった速度でやっていけばいいや。あせっても、しゃあない。やったもん勝ちで、少しずつでもはじめればいい。

伊坂幸太郎の『魔王』『モダンタイムス』を読んだときも感じたけど、誰かに乗っかるのは簡単。でも、世の中の流れに立ち向かおうとすると、反対されても、やる気が必要。そのことだけは確かかな。

それにしても、湊かなえを見つけ、この構成で書かせた編集者は偉い。本人が書いた構成かもしれないけど。武庫女出身の主婦なんだ。今後の書き下ろしもチェックしておこ。

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