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伊坂幸太郎

『告白』を読んでみた

湊かなえ『告白』を読んで、最近モヤモヤしていたことが、ちょっとスッキリした。この本、構成がおもしろい。推理小説、エンタテイメントなんで、楽しんで読んだが、考えさせられた。

ほとんど人たちは、他人から賞賛されたいという願望を少なからず持っているのではないでしょうか。しかし、良いことや、立派なことをするのは大変です。では、一番簡単な方法は何か。悪いことをした人を責めればいいのです。それでも、一番最初に糾弾する人、糾弾の先頭に立つ人は相当勇気が必要だと思います。立ち上がるのは、自分だけかもしれないのですから。でも、糾弾した誰かに追随することはとても簡単です。自分の理念なども必要なく、自分も自分も、と言っていればいいのですから。その上、良いことをしながら、日頃のストレスも発散させることができるのですから、この上ない快感を得ることができるのではないでしょうか。そして、一度その快感を覚えると、一つの裁きが終わっても、新しい快感を得がたいがために、次に糾弾する相手を捜すのではないでしょうか。初めは、残虐な悪人を糾弾していても、次第に、糾弾されるべき人を無理矢理作り出そうとするのではないでしょうか。

小説なのに、こんな内容。社会心理学者の言動みたいだけど、登場人物の女の子の言葉として書かれてる。

以前にも増して、ネット上の小さなコミュニティ、たとえば「2ch」、たとえば「はてな」などの一部のブログは、誰かがとった行動や書いたコンテンツに対して、ある人が最初にコメントしたら、そのコメントに追随することで快感を得ているような気がする。とくに、ネガティブなコメントに対して。魔女狩り、他人の不幸は蜜の味的に。

ネットを見るようになってから、ずっと引用のような繰り返しを見る。見なくてもいいのに、見えてしまう。普通の感覚(普通の定義はさておき)があれば、違和感を感じる人は多いと思うけど、ボクも暇に任せてネットをダラ見するるようになって、ここ最近強く違和感を覚えていた。そんな違和感が、この『告白』に載っていた。言葉にすれば、引用したところ。

一部のネットの書き込みに一生懸命な人たちは、新しいモノ/コトを作るでもなく、暇だなと思っていた。無理矢理、糾弾なり攻撃する人を作り出し、それに乗っかっているようにしか見えなかった。一生懸命なことだけはわかるんだけど、なに生産性のないことしてるんだろと。一方で、YouTubeやニコ動、ブログで、自分メディアをコツコツと作っている人は偉いなと。翻って、コメントしている人、見ているボクは、単にこの偉い人たちの流れにタダ乗っかっているだけなんだなぁ、あかんなぁ、こんなことしていたらと考えていたときに、この本を読んで、ますます反省してしまった。

今日香月さんと打ち合わせをしていたとき、たまたま、二人ともカバンに『新世紀メディア論』を入れていた。いまの出版社に未来はないということで、5年前にデジカルを立ち上げたときと、出版社は変わってないねという話になった。著者コバヘン曰くの「取次制度依拠業界」にいる人は、やる気がないのか、やろうとしてもできないのか、わからない。でも、ボクは、ちゃちゃ入れられても、新しいメディアの形を作りたい。そのための、動きもボチボチとやっている。ネットを見ていると、スピードが必要で「先にやられたらどうしよう」と、香月さん曰くのホリエモン病に侵されそう。ま、身の丈にあった速度でやっていけばいいや。あせっても、しゃあない。やったもん勝ちで、少しずつでもはじめればいい。

伊坂幸太郎の『魔王』『モダンタイムス』を読んだときも感じたけど、誰かに乗っかるのは簡単。でも、世の中の流れに立ち向かおうとすると、反対されても、やる気が必要。そのことだけは確かかな。

それにしても、湊かなえを見つけ、この構成で書かせた編集者は偉い。本人が書いた構成かもしれないけど。武庫女出身の主婦なんだ。今後の書き下ろしもチェックしておこ。

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