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村上春樹
二元論になりがちな人の気持ち
- 2009-07-13 (月)
- book
映画にもなった手塚治虫の「MW」を読んだ。映画の予告とか見て、こんな内容とは知らなかった。DVDになったら見たい。MWもそうだけど、最近自分の中で気になるキーワードとして「二元論」がある。たとえば、
- 正義か悪か
- 正しいか間違いか
- 白か黒か
- 賛成か反対か
- 好きか嫌いか
- YesかNoか
- 男か女か
などなど。世の中みんな、二元論が好きだナーと、最近特に思う。前はそんなに気にならなかったし、自分でもよく使っていた。二元論は、別に悪くなく、二元論で発言したり、行動したりしてもいいとは思う。
で、二元論はいいのだけど、違っていたら、朝令暮改してもいいんじゃないかと思ってる。麻生首相(2009年7月13日時点)なんか見てると、微笑ましい。むしろ、揺れているのを追求しているマスコミのほうがなんか変である。テレビを見ても、ネットを見ても、いろんな話が二元論になっている。そう感じる。
人間、白黒はっきりしないところで生きているはず(ボクはそう)。もちろん、感覚的な好き嫌いはあるけど、人間は、曖昧模糊としていて、ある時点では、好きでも嫌いになる可能性があるし、嫌いでも好きになる可能性もある。
たとえば、自分は正義だと思っていても、時代が違うと悪になることもある。第二次世界大戦やイラク戦争などの戦争、直近のアメリカでいうと、新自由主義は間違っていたという言説などを見てそうだし。日本でいうと小泉の郵政選挙でもそうだった。郵政民営化に賛成でしたか、反対でしたか?
それで、どうして、二元論になるのか。二元論すると「単に便利」だからである(と思い込んでいる)。発言する人にとっての利害、ポジショントークとも言える。マスが流すニュースをみていると、とりあえず中立性を保とう(ないしは、弱者に見える側に立とう)としているが、それすら、正しいか間違いか、発言者もわかっていっていると思えないことが多々ある。そら、難しいのはわかってますよ〜といってあげたい。たいへんですね!って。
テレビや新聞、もちろんネットでも、誰がか正しいといっていることでも、いずれは間違いになる可能性を、常に考えていないといけない。あとから考えてみれば、当たり前な話だけど、人の気持ちは移ろいやすいもの。気をつけていないと振り回されることになる。また、凝り固まった考え方しかできなくなる可能性もある。学生時代の勉強ではあるまいし、世の中、正解はない。科学ですら、そうだ。歴史は、科学よりも、結構変わっている。
白石一文の「この胸に突き刺さる矢を抜け」と、村上春樹の「1Q84」を続けて読んで、こんなことをぼーっと考えた。読み応えのある2冊(上下巻なので、4冊だけど)。
こんなことばっかり考えてると、何だか、何も考えずに、ぼーっと明日の飯を気にして暮らしているほうが、精神衛生上よろしいかな。ふぅ。
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